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5. お祭り広場 その頃の僕は、とても可愛かった、らしい。事実、可愛がられた。しかも病弱だったか ら。血管に欠陥があってね。血管の壁が網の目のようになっていて出血してしまうって 症状。血便はもちろんのこと、皮膚は漏れた血液で赤い斑点となり盛り上がり、ボリボ リでいっぱいになる。かゆみも伴う。でもかいたらダメ。頭は出血でコブ状になってボ コボコ。原因不明で、いろんな病院に連れて行ってもらったよ。入退院を繰り返して、 トータルで2年くらい入院したんだ。 隔離病棟にもいたよ。伝染病だと考えたらしいんだな。そこは、なんとも表現しがたい 不思議な世界だった。面会謝絶。会えたのは、母親だけ。母ちゃんは全身を消毒して、 病室に入ってきて、再び、全身を消毒して出て行く…。食事は、汁物ばかり。ご飯は重 湯。次第に元気になってくると、その重湯が、だんだんドロドロになり、お粥になって いく。やがて、何粒か米の形がわかるお粥になってくる。その白の眩しさ…嬉しかった。 今、目を閉じるとね、早朝の豆腐屋さんのラッパの音「パーフー」。牛乳屋さんの自転 車のカチャカチャ、牛乳瓶のぶつかり合う音「キャチャキャチャ」が、聞こえてくるよ。 こんな僕だったから、家族は必死に愛してくれた。 ようやく普通の?病棟に移った僕。そんな僕にテレビを見せたいと、病室から連れ出し 膝に乗せ、胸に抱き、着ているチャンチャンコで大きく包んで、僕を隠すようにして待 合室。先生に見つかったら、怒られたんだな。運動禁止の身だったからね。でも、そん な僕をなんとか楽しませたいという母心だったんだね。テレビが終わると、必ずといっ ていいほど、売店で牛乳とヤクルトを買うんだ。そして、まず自分で牛乳を少しだけ飲 み、減った分、ヤクルトを流し込んでストローで飲ませてくれたんだ。その甘酸っぱい 味は忘れられないよ。旨かった。 母ちゃん。いっぱい泣いていた。何度も泣いていた。隠すようにしていたけれど、僕に は見えていた。親父は銀行員で外回りをしていたんだけど、その途中何度も病院に立ち 寄ってくれた。時折、グリコキャラメルを買ってきてくれた。病院代を稼ぐのに、きっ と必死だっただろうに。 ある日、僕はじいちゃんと、母ちゃんに連れられて、汽車に乗り、チンチン電車に乗り 換え…熊本の大学病院に。素っ裸にされて、診察台に乗せられると、直ちに、数人の白 衣を着た若い兄ちゃんたちに取り囲まれた。拉致?医者か?医者の卵か研究生か?覗き 込むいろんな目。まず膝を立てられ、組まれ、脚気の検査。変な感じ。原因不明の症状 の見本市か、今後の実験材料か?あれが、いったい何だったのか、未だ不明だ。 じいちゃんは、お金の面でも随分母ちゃんを助けてくれたらしい。季節労働をしながら ね。買ってくれた、まるでグローブのようにでっかい、金色のバナナ、忘れない。そん なこんなで、僕の病気時代は続く。姉は、時折、向かいの家に預けられていたらしい。 そんなこと、つい最近まで知らなかった。 それにしても、病室の風景は、明るかった。お祭りみたいに、みんな明るかった。みん な平等に患者。運命共同体、痛みを分かち合える友だち。心は一緒だったんだ。みんな 一つの家族だった。随分親切にしてもらったよ。おじちゃんも、おばちゃんも、そして それぞれの家族の皆さんも、みんなみんな優しかった。思い出すと、泣きたくなってく る…。もう、あの人たちには逢えない…。 ある日、医者に呼ばれた母ちゃん。「覚悟をしてください」。さぞ、辛かっただろうな。 5、6歳のかわいい男の子〈笑〉が、この世から消えていくことを覚悟しなさいって言 われたんだから。僕の顔を見るたび、泣いてしまう母ちゃん。親父に「泣くな」って怒 られながら。でも、親父だって大根役者。ありがとう。 ♪ お月さま サラサラ なぜなぜ 嬉しい お星さま リラリラ 笑ってる みんなみんな ひとり 世界中で たった ひとり みんなみんな ひとり 大切な ひとり 「ひとりぼっち」より
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