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32. 歌うガードマン まず、業界用語の解説。この世界で仕事につくことを上番(じょうばん)。 仕事を終えることを下番(かばん)って言ってた。 さて、僕の警備員としての最初の派遣場所は、熊本県は葦北地方にある、長さ 1570メートルのトンネル内の工事現場。頃は2月の凍る季節だった。工事箇所 はトンネル内の側溝。約100メートルに区切って工事をしていくのだけれど、そ の100メートルの区域が片側通行になる。そこで僕の出番。相棒と組んで交通整 理。それぞれ端に立って、交代に車を流すって仕事。トランシーバーで確認を取 り合いながらね。でもトンネル内って音が凄くてね。なかなか聞き取れなくて困 ったよ。だんだんトンネルの真ん中に近づくと、とうとうトランシーバーが使え なくなってね。電話線を引っ張った有線のレシーバーに変えてもらったんだ。 電線を引っ張りながらの移動は大変だったよ。「はい、1393の白い車が最後で す」相棒から連絡が入ると、その車が通り抜けるのを確認したところで、止めて いた僕の方の車を流すんだ。 ハプニングもあったよ。トンネル内が突然の停電。排気用の換気扇も止まるもん だから、さぁ大変。またたく間にトンネル内は真っ白け。ヘッドライトなんて通 用しない。互いの姿が見えないんだ。クラクションは鳴り響く。パニック。事故 が起きないようにと、そりゃあもう恐怖の中を走り回った。「こらぁ、何やって んだ!」って、気が短くなっているドライバーが叫ぶ。『何やってんだって言わ れても、停電なんだよ、停電!』幸い、事故が発生することなく復旧したから助 かったけどね。ほんと、怖かったよ。車同士の追突もだけれど、車が突っ込んで きそうでね、僕の方に。 交通整理って、見かけより辛いんだよ。トイレにだって自由に行けない。相棒に SOSを送って、なんとか現場の作業員のおじさんと交代してもらうんだ。 トイレ?トンネル内に横っ腹みたいな空洞があって、そこでやったよ。トンネル の肥やし。ついでにウンコもしちゃった。記念に、ね。『あそこにはきっと綺麗 な花が咲いている』うん! 排気ガスが充満する現場。鼻の穴、耳の穴まで真っ黒ススだらけ。目がシパシパ と痛い。笛を使うのでマスクが使えない。座ることなんて許されない。腕も足も パンパンに痛くなってくるんだ。終了の夕方が、なんとも遠い彼方。とにかく5 分という時間の長かったこと。だから、できるだけ腕時計を覗かないよう、努力 していた。 「はい、6123の青い外車が最後です。むたさん、僕好みの綺麗な女性が乗って ました」「了~解!」しばらくして「はい、6123の外車、通過。うん、確かに 綺麗な人だった。どうぞ」「むたさん、どうすれば、あんな女性と縁ができま すか?」「どうぞ」「はい、それは僕が知りたいことです、どうぞ」 「了~解!」
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