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30. 歌う一心太助 気合いに満ちた笑顔の兄さんがいてね。「むた、気合いば入れろ!」「しっか り運ばんか!」そりゃあもう気持ちのいい指示命令でござんした。早朝、市場 に仕入れに行くと、そこはまさに戦いの場。兄さんは仇討ちに来たかのような 形相。「むた、お前はここで待っとけ!」そういい残すと、同じように気合い の入ったおじちゃんおばちゃんたちの渦の中へ飛び込んでいく。『わいが、船 津じゃ!」と、顔が言ってる。『兄貴、頑張れ!』船津さんを尊敬する僕の心。 いよいよ市の開始。専門用語のオンパレード。何言ってんのかわからない叫び 声と、指サイン(?)が飛び交う。突然、兄さんが手にしていた四角い紙を、 シュリケンのようにヒュッと、魚めがけて投げる。「むた、そっば(その魚) 運べ!」何でもぐずぐずしていると盗られてしまうとか。『えぇ~っ、そんな のあり~』僕は必死にトロ箱に魚をかき集め、飛んできた紙を魚にペタッと貼 り付けて、軽トラの荷台に積み込む。その紙には店の印が入れてあってね、こ の魚を購入したのは、私の店ですっていう目印なんだよ。繰り返すこと20回ほ ど。 次第に、市場全体にところ狭しと並べられていた魚介類が、それぞれの店主の リヤカーやトラックに消えていく。兄さんたちの表情もおだやかになっていく んだ。 帰りのトラックの中。「むた、店の者のしぐさ次第で、魚の鮮度が問わるっと ぞ。俺たちが活き活きしとらんといかん。なっ」商品は生もの。その日仕入れ たものを、その日に売り切ることに全力を注ぐ。教わるのは気合。 ある夕方。あるおばさんが買い物カゴを片手に、さて、どの魚にしようかと、 魚をつかんでは放し、つかんでは放し。すると兄さん。包丁をまな板にトン、 と突き刺して「おげんとはどっでん新か。売らんけん、帰れ!ねぇ、むた!」 (俺の店の魚は、どれも新鮮なんだ。選ぶくらいなら、買わなくていい。売ら ないから、帰りなさい。ねぇ、むた)嬉しかったなぁ。特に「ねぇ、むた」っ ていう掛け声が。夜明け前から市場へ出向き、戦いの末、仕入れてきた自信た っぷりの魚介類。ますます兄さんが好きになったね。 配達はもちろんだけど、僕の店内での担当業務は、まず、鱗取り全般。タコの 塩もみ。きびなごの刺身つくり。そして、鰻の気絶させ。これ、知ってる?ま ず水を少し入れたタライに、鰻を放り込む。次に、大きな製氷機の扉を開けて、 スコップで氷を取り出しタライに入れる。次に、手でグルグルかき混ぜる。そ りゃあもう、手が切れるくらいに痛くなる。鰻はっていうと、気絶してしまう んだ。こうしておとなしくなったところで、まな板に乗せて、さばくんだ。 学んだことを話せば尽きないけど、よっしゃ、まかせの兄さん。その潔さ。く しゃくしゃの顔になって高らかに笑う兄さん。名前は<直>と書いて<すなお >。まさに一直線。いつも、どんな魚介類よりも活き活きと新鮮な兄貴! ♪ この広い世界の片隅で それぞれの旅の その途中 名もない僕と優しい君が 偶然 こうして巡り会う 「だからね」より
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