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25. ビールはA社 就職先のビール工場。福岡の竹下というところ。Aビールの工場。職種はビー ルができるまでの工程によって、幾つかに分かれていたんだけどね。当時18歳 の若者の僕。当然、一番単純な肉体労働。<切り出し>と呼ばれる工程で、ビ ールが36本入ったケースを、次々にベルトコンベアーの上に放り投げていくと いうもの。ビンは、空のはずなんだけど、実際は雨水や飲み残し入っていて、 それが腐っていたりして、重く、臭いものだった。その作業を30分交代でや っていく。上半身裸でね。汗を拭く暇もないんだよ。相手は機械だからね。ケ ースとケースの間が開くとリフト車に乗っている作業員から「こらっ、急げ」。 でもね。笑顔と一緒に飛んできたんだ。夢や挫折を抱いてこの仕事に就いてい る若者ばかりだったことを、正社員の人たちも知っていたんだよ。<切り出し >の仲間たち。作業中の顔は、伝説の格闘家<ブルースリー>にそっくりだっ た。なんとも言えない、悲壮感が漂っていたよ。 楽しみだったのは昼食。大きな大きな食堂で、作業着のままでセルフサービス。 プラスチックのようなどんぶり茶碗に、みんな大盛りにして、海苔のふりかけ をかけて食べていた。旨かった。ほんと旨かった。 仕事は4時30分に終了。その合図のサイレンがどんなに嬉しかったことか。サ イレンが鳴り終わると、ベルトコンベアーが止まるんだ。開放感でいっぱいに なる。ガッツポーズの瞬間だったよ。一変してどの顔も笑顔。みんな、ニコニ コ顔でお風呂に向かうんだな。飾りも色もない、殺風景なセメントで固めただ けのお風呂。でも、お祭りのような明るさで、いっぱいになる。さまざまな情 報交換の場所でもあったよ。安くて旨い店、女にもてた話、ギャンブルで勝っ た自慢話、それぞれの夢。くったくのない、邪気の無い場所だった。人の数だ け違う歩き方があるってことを知った。 こうして僕は、仕事を終えて学校へ向かっていたんだ。仕事は正直きつかった けど、同じ仕事をしている仲間意識が支えてくれた。工場内を走る大きなトラ ックの荷台に乗せられて、仕事の場所を移動することがあるんだけどね。その 荷台の上で、数人の仲間たちと一緒に大声で歌ったなぁ。 ところで、できたてのビール、飲んだことある?これが、たまらなく旨いんだ。 冷えてなくても旨いんだよ。出来立てって、少し温かいんだけど、驚くほど旨 いんだ。 先輩たちが…つまり、そのぅ…黙って、拝借(ごめんなさい)してくれること があったんだ。「俺達が作っているビールを飲もう」ってね。ふところから取 り出し、ビンのまま、みんなで回し飲み。スリルと罪悪感も手伝って、これが もう最高。<俺達の誇りの味>だったよ。だからね、ビールはA社を飲んでる よ。青春の大切な思い出を詰め込んだビールだからね。それにしても仕事と学 校の両立って苦しいね。 お金がなくて、おなかが空いて、水で満たそうとしたことがあるよ。初めて味 わう空腹の苦しさだった。あの頃、デザイン学校の非常用階段の前で、仕事を 終えて登校してくる僕を、待っていてくれる友がいた。はるばる故郷、水俣か ら。僕に差し入れしようと紙袋一杯の食料を抱えて。あの花草清孝だった。
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